雨
どんよりとした雲が空を覆い、遠くで聞こえる雷の音が雨の訪れを告げていた。
じっとりと絡み付く湿気を含んだ空気を肌に感じて、空を見上げたサンジは、そろそろ降るか…と一人ごちる。
窓と黒いカーテンを閉めた薄暗い部屋で煙草に火をつけ、ニコチンが体内に入ってくる心地よさに目を細めた。
通気孔の無い部屋の天井に白い煙りが貯まっては消えていく。
「確か、こんな日だったよなァ…てめぇに初めて会ったのは」
部屋の隅に向けられた言葉が煙草の煙りと共に吐き出され霞む。
チャリ…と微かな金属音が鳴ったが、それ以上反応は無い。
聞いているのか、いないのか…それでもサンジは思いでを楽しげに語りだす。
それはまるで自分に聞かせているように。
「降りそうで降らねぇまどろっこしい天気でさぁ…ま、その後は大降りでビショビショになっちまったけどな〜」
ははは、と渇いた笑い。
いや、笑ったのではなくただ言葉を発しただけ。
あの出来事以来、本気で笑ったことはない。
ずっとずっと奥に隠したから。
笑わない。
笑えない。
あんなに笑い会うことが好きだったのに。
煙草を灰皿に押し付け、部屋の隅に足を向けた。
小さな部屋にミシリ…ミシリ…と音が響く。
「全く…最初は何でてめぇなんか拾っちまったのか後悔したぜ…なぁ、ゾロ」
ゾロと呼ばれた青年がビクリと奮え、首に付けられている鎖が音をたてた。
怯えるように隅で膝を抱えて丸くなり、その体は微かに震えている。
スラリと延びた手足は均等に筋肉がつき、しっかりとした逞しい肉体美。
しかし、不釣り合いな痣も無数に見え、その身体を覆うものは何一つ無かった。
サンジはゾロの前にしゃがみ手を延ばす。
少しこけた頬を撫でれば微かに赤みがさしたように思えた。
「けどよ、てめぇといて楽しかったぜ〜。ぶらぶら買い物したり、女の子ナンパしたり映画見たり、
去年は海にも行ったな、んでケンカ…これは今もか」
緑色の見た目より柔らかな髪を撫でながら笑うフリをするサンジ。
ゆっくり、ゆっくり…何度も何度もゾロの頭の感触を楽しむ。
その手つきは優しく、壊れ物を扱っているような愛おしさが込められていた。
初めて同い年でここまで気を許せる友ができた。
初めてここまで他人の事を愛おしいと思うことが出来た。
笑い合えて、バカ言い合って、楽しかった、幸せだった、…ずっと続くと思っていた。
「てめぇが出ていくなんて言わなけりゃ…ずっとあのままだったのによぉ」
ドスッと嫌な音を立ててサンジがゾロの鳩尾に拳を埋め込ませ、嘔吐感と苦しさにゾロは涙目で噎せながら倒れ込んだ。
ぐったりとしているゾロの髪の毛をグシャッと掴んで身体が浮く程、引っ張り上げた。
ゾロの苦しげなうめき声がサンジの嗜虐心をさらに高ぶらせ床に思いきりたたき付け、それを何回か繰り返す。
ゾロの口や鼻からは血が滲み、身体に赤い筋を残していた。
サンジは首筋からその赤い筋を嘗め上げ、ゾロの口内が切れているのも構わず荒々しく貪る。
それはもう、キスなんて言えるモノではなく本当に「喰われる」と恐怖心を抱かせるほど激しかった。
ゾロの流した血で二人の口の周りは赤く、獲物を喰らい終えた肉食獣のようだ。
血の味…ゾロの味、オレ達今、交じり合ってんだよなぁ…呟き再びゾロの口を塞ぐ。
窓の外が光った。
遠くで聞こえていた雷の音がだんだん近づいて来る。
「何処にも行かせねぇよ。てめぇがいる場所は世界中探したってオレの傍以外ねぇんだ…。
オレから離れて行こうとするてめぇなんていらねぇよなァ…」
首筋、胸、内股…体中至る所なく所有の跡を残され、痣と跡で不気味に浮かび上がっている。
それでもサンジはこの行為を酷い時には一日中繰り返す。
飽きる事なく、繰り返し、繰り返し…ゾロの名前を呼びながら。
これは誰だ?
壊れたのは何時からだ?
もう元には戻せない時間を懐かしむことはない。
何時だってオレはお前しか選べないから。
選択肢はもう無い。
お前を堕としたのがオレなら…共に堕ちよう。
ゾロの瞳からつぅ…と雫が流れ、フローリングにべったりとつく血と混じり合う。
ぽろぽろ…ぽろぽろ…。
「あぁ、雨だ…」
虚ろな瞳のサンジが呟く。
外では激しい雷雨が鳴り響いていた。
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サンジはゾロに狂えばいい
ゾロはそんなサンジに同情すればいい